日本国弁護士
アメリカ合衆国ミシガン州、ニューヨーク州弁護士
弁護士経験30年超
国際的な取引、訴訟を含む様々な案件を手がける。法的コミュニケーション論の確立を目指している


ビットコイン関連事業者の仮想通貨交換業の業登録について

「緊急提言」-金融当局はビットコイン関連事業者の仮想通貨交換業の業登録は慎重に判断されるべきである

1 はじめに

昨今ビットコインを巡る環境が大きく変動している。本年9月5日には、中国の金融当局が仮想通貨を発行して資金を集める「新規仮想通貨公開(ICO)」を禁止すると発表した。これを受けて本年9月14日にはビットコインの中国の最大手の取引所である「BTチャイナ」がビットコインの取引を本年9月30日に停止すると発表した。

また、9月12日には、米国の大手銀行であるJPモルガン・チェースのジェレミー・ダイモン最高経営責任者が、ビットコインを「詐欺」であり、価格高騰は「チューリップバブルよりひどい」と酷評した。

かかる動きを受けてビットコインの価格は乱高下している。

おりしも、日本では、平成29年4月1日に施行された資金決済に関する法律(以下「改正資金決済法」)により、「仮想通貨」の取引を行う事業者には、仮想通貨交換業の登録が必要とされ、同法の施行前から仮想通貨交換業を行っている事業者は、その経過措置として施行日から6ヶ月以内に業登録の申請をすることが必要とされている。かかる法規制を受け、金融当局はビットコイン取引業者に対する仮想通貨交換業の業登録を認めるかどうかの判断に迫られている。昨今の情勢から日本の金融当局がビットコイン取引業者にどのような対応をするかは、世界中の注目が集まっていると見ても過言ではない。

私は、ビットコインは、仮想通貨として適切な制度設計がなされていないと考えるため、ビットコイン取引業者に対する仮想通貨交換業の登録申請には慎重な判断を取るべきあると考える。

なお、本稿は、ビットコイン(及びこれに類似するもの)に対する考察であり、それ以外の仮想通貨に関して述べるものではない。また、ビットコインの基盤となるブロックチェーン技術についても述べるものではない。さらに、本書の内容は、私の所属する法律事務所その他のいかなる組織の立場とは何ら関係がない、私の個人的見解である。

 

2 改正資金決済法における仮想通貨の定義

ビットコインが改正資金決済法の仮想通貨に該当するかどうかの検討には、仮想通貨の定義の検討が必要である。

改正資金決済法第2条第5項によると仮想通貨の定義は以下の通りである。

一  物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができ、かつ、不特定の者を相手方として購入及び売却を行うことができる財産的価値(電子機器その他の物に電子的方法により記録されているものに限り、本邦通貨及び外国通貨並びに通貨建資産を除く。次号において同じ。)であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの
二  不特定の者を相手方として前号に掲げるものと相互に交換を行うことができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるものができる財産的価値であって、電子情報処理組織を用いて移転することができるもの

上記のうち、第2号は、第1号の仮想通貨から派生するものであるため、上記の第1号が基本的な仮想通貨の定義である。

この定義によると、仮想通貨に該当するためには、①「代価の弁済のために不特定のものに対して使用することができること」、②「不特定のものを相手方として購入及び売却を行うことができること」、③「電子的方法により記録されている財産的価値であること」、④「電子情報処理組織を用いて移転することができること」の四つの要件を満たす必要がある。これを素直に日常用語で言い換えれば、①「支払いのためにどこでも使える」、②「市場を通じて購入及び売却可能な」、③「コンピューターに記録されている価値があるもの」で、④「コンピューター上で取引できるもの」ということになると思われる(後述する通り、この言い換えは正しくないが、ひとまずかかる理解を前提とする)。

仮想通貨にかかる改正資金決済法の契機は、ビットコインに関する2014年のマウントゴックス事件をあることから、上記の仮想通貨の定義は、ビットコインを念頭において作られたものと思われる。しかし、私は、ビットコインは改正資金決済法の仮想通貨の定義に該当するとしても、登録を認めるべきものとは思わない。理由は以下の通りである。

 

3 「不特定の者に対して使用することができること」の解釈

まず、前記①の「不特定の者に対して使用することができる」という要件であるが、「使用することができる」と端的に規定する以上、「どこでも使える」と解釈するのが自然である。「場所によっては使える」とか、「今後使えるように希望している」という意味でないことは明らかである。

ところで、仮想通貨が代価の弁済に「使える」とうことは、裏を返せば、本来、仮想通貨を提供された相手方は、代価の弁済として提供された場合に、「受け取りを拒否できない」ことを意味するはずである。すなわち、この文言は、仮想通貨の使用者には、使う「権利」があり、相手方には、使うことを認める「義務」があると解釈するのが自然である。

しかしながら、使用者と相手方の間でかかる権利義務関係はきわめて特殊な場合にしか発生しない。

特定の者間でかかる権利義務関係を生じさせることは、仮想通貨の発行体と仮想通貨の使用可能店舗の間で合意すれば可能である。また、仮想通貨の使用可能店舗は誰かとの合意をせずに、単独行為として、かかる義務負担をすることも可能である。

たとえばある仮想通貨の発行体と、使用可能店舗の間で契約を行い、使用者がその発行体の仮想通貨の提供があれば、当該店舗が提供する物品等を引き渡さなければならないとの合意をすることである。しかしながら、ビットコインはそもそも発行体が存在しない。このため、契約関係でかかる権利義務を発生させることはできない。従って、使用可能店舗が単独行為として、ビットコインの受入を表明するということしかない。しかし、かかる単独行為による義務負担は何時でも撤回可能であり、それだけでは使用可能性を担保するものではない。

さらに、店舗がビットコインに関して、何者かとの間の合意により、ビットコインの受入義務を契約上負担したとしても、永久にかかる受入義務を負担させることは不可能である。法律上、期限の定めのない契約は、いつでも解約が可能である(民法591条、民法651条、民法663条など)。仮に、いったん約束をした以上、永久に義務を負い続けなければならないというような合意をしたとしても、かかる合意は、営業の自由を制約するものであり、公序良俗に反するものとして無効となりうる(民法90条)。

ましてや、不特定の者に対して、かかる受入義務を課することはいかなる契約をもっても不可能である。現在の法体系では、その者が好むと好まざるにかかわらず、不特定の者に対してかかる義務を生じさせることができるのは法律以外ありえない。すなわち、現在の改正資金決済法の「仮想通貨」の定義は、文言どおり読めば、「仮想通貨」に強制通用力があることを要件とするものであり、かかる強制通用力は法律でなければ付与しえない以上、仮想通貨も存在しえない。かかる解釈によればビットコインはもちろんそのような定めはない以上、ビットコインは「仮想通貨」に該当しないこととなる。

 

4 「不特定の者に対して使用することができること」の文言上の問題性

もっとも、立法者は、強制通用力がないものは、改正資金決済法上の「仮想通貨」に該当しないという前提で、仮想通貨の定義をしたわけではない。

仮想通貨交換業者に関する金融当局のガイドラインでは、「代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる」との要件の判断にあたり、例えば、「発行者と店舗等との間の契約等により、代価の弁済のために仮想通貨を使用可能な店舗等が限定されていないか」、「発行者が使用可能な店舗等を管理していないか」等について、申請者から詳細な説明を求めることとする、と記載されている(傍線は筆者による)。

このガイドラインでは「使用可能な」店舗等という言葉を使用していることから、あらゆる店舗等が仮想通貨の使用を認めることを前提としているものではなく、店舗等が当該仮想通貨を弁済として受領するかどうかは、あくまでも店舗側の自由であることを前提にしているものである。

しかし、そうであるとすると、仮想通貨の定義として「不特定の者に対して使用することができる」という文言は明らかに正しくない。

本来受入側の自由があることを前提とするのであれば、仮想通貨の定義は、「物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができるもの」ではなく、「物品を販売し、若しくは貸し渡し、又は役務の提供を行う場合に、これらの代価の弁済として不特定の者が受領することができるもの」と受入側を主体とした定義をすべきである。

仮に、現在の使用者側からの視点で物事を見た定義を尊重するとすれば、「不特定の者に対して使用することができる」という文言に、「相手方の同意を条件として」という条件が付け加えられなければならない。すなわち、本来仮想通貨の定義は、「これらの代価の弁済のために不特定の者に対して、『その者の同意を条件として』使用することができるもの」と規定すべきものである

専門家によると「この不特定の者に対して」とは、相手方がその使用(すなわち仮想通貨を使用した代価の弁済)を受け容れる限り、誰に対しても使用できることを意味します(片岡義広・森下邦彦編Fin Tech法務ガイド197頁)との解説がなされているが、一般人にとって、「相手方がその使用を受け容れる限り」という文言を補足して読むべきであるという解釈はおよそ期待できないのではなかろうか。私もこの条文を最初に読んだとき、このような文言を補足して読むべきものとは全く理解できなかった。

これは単なる立法技術上の問題ではない。法律上の仮想通貨の定義が、一般人にとって「どこでも使える」という意味にしか読めない以上、金融当局がビットコインに仮想通貨の定義に該当するという判断をすれば、一般人は、金融当局が「どこでも使える」ものであることのお墨付きを与えたとしか解釈しない恐れがある。現在のビットコインの状況を見ると、ビットコインを支払手段として受け入れる店舗はきわめて限定されているのであって、到底「どこでも使える」というような状態にはない。金融当局がビッドコインについて簡単に「仮想通貨」としての法的地位を認めることは、一般人にとってきわめて大きな誤解を与えることになる可能性がある。

 

5 「不特定の者に対して使用することができること」のあるべき解釈

仮想通貨について、使用者の関心は、「いったいどこで使えるのか」、「なぜ使えるのか」ということである。また店舗側の関心は、「なぜ受け入れてもいいのか」ということである。この点について、「店舗が受け容れているから」では説明にならない。通貨以外のものを弁済として受け容れることは、代物弁済(民法482条)として既に民法上規定ずみのことである。問題は改正資金決済法の目的に照らしてなぜ特定の「仮想通貨」に代物弁済手段として使用することを認めてよいかということである。

前述のガイドラインは、「代価の弁済のために不特定の者に対して使用することができる」の文言の判断にあたり、例えば、『発行者と店舗等との間の契約等により、代価の弁済のために仮想通貨を使用可能な店舗等が限定されていないか』、『発行者が使用可能な店舗等を管理していないか』等について、申請者から詳細な説明を求めることとする」と記載している。しかし、かかる事項は、単に仮想通貨が使用可能な店舗数を制限するような措置がとられていないかどうかの確認に過ぎない。使用可能な店舗の数を制限すれば確かに「不特定の者に対して使用できる」という要素を制限することになるが、逆にかかる制限がなければ利用者が増加して仮想通貨の利用可能性が高まるという必然性はない。使用可能な店舗の数の制限をしないということは、「不特定の者に対して使用することができる」ようになる必要条件の一つであるかも知れないが、それだけで十分条件とはなりえない。

 

6 仮想通貨の定義のあるべき指導原理とあるべき審査内容

それでは、「不特定の者に対して使用することができる」との要件は、本来どのような意味を付託すべきなのであろうか。

改正資金決済法は、現に今後新たな「仮想通貨」の形態を予定していることから、「現に流通している」ことが要件でないことはいうまでもない。しかし、単に、「今後使用することができることを期待する」という発行者の主観的な意図では足りないと思われる。

逆に、ある種の仮想通貨が「現に流通している」としても、それだけでは当該仮想通貨が法的容認に値するものではないと思われる。

結局、「不特定の者に対して使用することができる」との要件は、「仮想通貨」について根本的な審査事項は、使用者と店舗が安心して当該仮想通貨を代価等の弁済手段として安心して使えるような「制度設計」がなされているかという点である。

そうすると、本来仮想通貨の①の要件は、「不特定の者に対して使用することができる」という文言に、「これらの代価の弁済のために不特定の者に対して、『その者の同意を条件として』使用することができるように『適切に制度設計』がなされているもの」と解すべきものである。

改正資金決済法は、かかる要件が明文の文言はないが、法の趣旨に照らして、現行法の「不特定の者に対して使用することができる」の文言も同様に解釈すべきものであり、金融当局はこのような視点をもって審査にあたっていただきたいと考える。

 

7 財産的価値の要件

改正資金決済法に規定される仮想通貨の要件の中で、ビットコインにとって一番問題があるのは、前述する③の「電子的方法により記録されている財産的価値であること」の要件である。

仮想通貨は、使用する相手方の同意を条件として、その相手方に対して代価の弁済のために使用できるものであるなら、相手方が現れない限り、これを使用する余地がない。仮想通貨を購入して所有する者は、自分が支出した仮想通貨の取得価格を回収するためには、その仮想通貨を使用する取引の相手方を探してこなければならない。もし、仮想通貨自体に何らかの財産的価値があることが保証されていなければ、最終的に仮想通貨を引き取った者が損害を蒙ることになる。いわゆる「ばば抜き」である。すなわち、強制通用力を有しない「通貨」には、常にこのような「ばば抜き」の危険性を有する。従って、仮想通貨に価値の裏づけがあることは、その存在を認めるための最低限の要件であり、かかる要件を満たさない仮想通貨は公序良俗に反するものとして禁止されるべきものである。ビットコインは、明らかにこの点が問題である。この点は、前記の「制度設計」の要件にもかかわる問題である。すなわち、「ばば抜き」が生じないように制度設計がなされていないものは、仮想通貨に該当するとしても、仮想通貨交換業の対象とすべきものとは思われない。

ビットコインの存在意義を認める野口悠紀雄教授は、「ビッドコインには価値の裏づけがないことが問題にされた。確かにそのとおりだが、それは国が発行する通貨についても同じである。(中略)ビッドコインは、人々が受け入れているから流通しているにすぎない。もっと優れた仮想通貨が現れるなどの理由で店舗がビッドコインを受け入れなくなれば、価値はなくなってしまうだろう。」と述べている(野口悠紀雄・ブロックチェーン革命193ページ) 。

しかし、全くこれは転倒した理屈である。日本で日銀券が貨幣をして流通しているのは、日本銀行法第46条第2項において、「日本銀行が発行する銀行券は、法貨として無制限に通用する。」と規定されているためである。これは人々が受け入れているから流通しているという理由とは質的に異なるものである。日銀券は支払手段として取引の相手方には法律上受領する義務があるのである。そのため、日銀券は、物やサービルの交換手段として、安心して受領できるのである。かかる法律上の強制力が通貨の本質である。この理由により、国家に信用がある限り(ここで言う信用とは支払能力のことではなく、国民が法に従う意識があり、国が法を強制できるという趣旨である)、法定通貨は、「ばば抜き」には、ならず、転々と流通していくのである。

このように法定通貨には、通貨自身に何らかの価値があることは、確かに必要はない。しかし、強制通用力のないビットコインなどの仮想通貨については、受け入れる店舗や、買い取る者がいなくなければ残るのは当該の仮想通貨だけである。その通貨に本源的価値や価値の保証がなければきわめて由々しき事態である。

このように仮想通貨自体の経済的価値は、仮想通貨交換業として法律で容認すべき仮想通貨に該当するかどうかの判断にあたり、最も重要な要素であるはずである。仮想通貨の「財産的価値」については、①の制度設計の要件に加えて、あるいはその一部として厳しく審査されなければならないと思われる。

 

8 本来的価値の「欠如」はリスク開示により代替可能か?

ビットコインの価値については、市場で実際に価格がついている以上、価値の存在は立証されているという見解があるかも知れない。しかし、現在の法律は、このような楽観的な市場至上主義は取られていない。仮に市場で価格がついていたとしても、法律は、商品の性質に応じて様々な規制を課しているのである。いかなる規制を課すかはまさに商品の性質や危険性に応じた政策判断である。例えば、規制商品の典型例である医薬品については、効能効果があることを立証して承認を受けなければ製造販売をすることができない。いくら販売している医薬品のリスク説明をしても、かかる効能効果の立証には代替できない。そして、仮に無害であってもかかる効能効果を標榜して製造販売をした場合には法律により罰せられるのである。

一国にとって通貨は、経済取引の根幹をなす制度であり、「仮想通貨」は、かかる通貨の機能を一部代替しようとするものであるから、本来は経済秩序の維持のために高度の規制を課すべきものである。仮想通貨の存在は、通貨を通じた経済の調節機能を危険にさらすものであるから、このようなものをむやみに発行することを認めるわけにはいかない。いかに現実に取引されている事実があっても「仮想通貨」自体に本源的な財産的価値があることを立証することは法が容認する「仮想通貨」と認定する最低限の要件であると考える。

しかし、新聞報道などを見る限り、ビットコインの財産価値を立証することは必要なく、ビットコインが法定通貨でないことや、価格変動に伴う損失リスクがあること」のリスク説明で代替できるというような論者があるように思われる。

しかし、ビットコインのような、そもそも客観的な裏づけのないものを販売する行為は、どのようなリスク表示をすれば取引が正当化されるというのであろうか。

インターネット上で取引されているビットコインの価値に関するリスクについては、一般には次のような説明がなされているだけである。「仮想通貨価格は日々刻々と変動しています。お客様の仮想通貨取引・保有時仮想通貨価格が急激に変動、下落する可能性があります。また、仮想通貨価格がゼロとなる可能性があることも重ねてご認識ください。」

しかし、ビットコインの性質に照らせば、かかる説明では不十分といわざるを得ない。例えば、金を裏づけに発行されるような仮想通貨は、それ自体本源的価値があるから、価格変動リスクを説明することで、取引が正当化されるであろう。しかし、私の見る限り、何らの資産の裏づけのないビットコインのリスクについて正しく説明をしようとすれば、次のような説明でも足りない(これ以外にビットコインには種々のリスクがあるが、これは割愛する)。

「ビットコインは、通貨ではありません。通貨と称していますが、法律で使用を強制することはできません。法律にははっきり書いてありませんが。相手方が受け取ってくれてはじめて使えるものです。現在のところ、日本国内はおろか外国でも使えるところはわずかしかありません。現在使える店舗でも将来ビットコインを受け容れてくれる保証は全くありません。ビットコインは誰も管理していません。発行の裏づけとなっているいかなる資産もありません。単なる電子データです。ビットコインについて何らかの価値を保証する機関はありません。一応取引所はあり、取引価格がついていますが、なぜそのような価格で取引されているのか誰も全く説明できません。ビットコイン取引がこの先続くかどうかは、あなたと同じようにビットコインに何らかの価値があると思う人が現れるかどうかです。もし、そのような人が現れない場合には、あなたは購入価格の全額を失いますし、それに対して誰に対しても文句を言えません。人によっては、ビットコインは、過去にオランダで行われたチューリップによる投機的行為と同じものでビットコインは詐欺という人もいます。ビットコインは大変危険なものとして海外では取引を禁止されている国もあります」

しかし、果たしてこのような説明をしなければ取引できないようなものに社会的価値があるのであろうか?私はそうは思わない。本源的価値がなく、かかる説明をしなければ取引できないようなものは、本来、公序良俗に反するものとして禁止をすべきものである。ビットコインが現在取引されている理由は、支払手段や送金手段としての有用性に基づくものとは到底思われない。このような価格の騰落リスクがあるものを正常な取引行為に利用することはありえないからである。ビットコイン取引は、すべて持っていればいつか価値があがるであろうという投機行為である。かかる投機行為が生じないようにするのが、まさに「仮想通貨」の正しい「制度設計」である。支払手段としてそもそも正常に機能していないものを通貨代替手段として認める必要性は全くない。

 

8 結語

ビットコインのように何らの経済的価値の裏づけのない仮想通貨に対して、仮想通貨交換業の対象として登録を認め、取引を容認する行為は、無価値のものの「ばば抜き」に過ぎないビットコインの本質を覆い隠し、ビットコインの性格について、一般人に著しい誤解を与える恐れがある。ビットコイン取引業者に対する仮想通貨交換業の業登録を認める場合には、ビットコインの取引を増加させるであろうし、その中には、高齢者など、ビットコインなど取引をすべきでない者の深刻な消費者被害を起こしかねない懸念がある。

また、ビットコイン取引が正常な金融取引や企業取引に組み込まれた場合には、サブプライムローン問題と同じような金融秩序の根幹にかかわる問題を惹起しかねない。

ビットコイン取引業者は、顧客からビットコインに価値があるのかと質問を受けた場合には、「金融当局で登録が認められているから」という説明を必ずするであろう。金融当局は、取引価格があるから経済的価値があるという認定をしたかも知れないが、一般人はそうは解釈しない。逆に金融当局が登録を認めたから、経済的価値があり、安心できるものであると判断するのである。

繰り返しになるが、どうか金融当局には、ビットコインは、改正資金決済法上容認すべき仮想通貨の要件に該当するかどうか、慎重に判断されるよう求める。

以上

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「初心者でもわかる!LawLゆいの英文契約書入門」ついに発刊!

初心者でもわかる!LawLゆいの英文契約書入門」がついに第一法規から発刊されました。この本は、会社法務A2Z(2011年4月号~2014年1月号)に連載した「LawLゆいの法務ライフ-英文契約書編―」の記事をまとめたものですが、単行本化するにあたり、かなり内容を推敲して書き直していますので、会社法務A2Zを購読していただいた読者の方にも新しい発見があると思います。何よりも、出版社様の英断により「ゆい」のイメージにぴったりの素敵なキャラクターが表紙になっており、この表紙だけでも買う価値があります。

初心者でもわかる!LawLゆいの英文契約書入門 表紙

「長らく放置していたブログを再開したと思ったら、理由は自分の本の宣伝かよ」という突っ込みを入れた方。ごめんなさい。まさにその通りです。でも本ブログをアップした理由はそれだけではありません。

『英文契約を「対話形式」で解説し、英文契約書作成のポイントを手軽に理解できる。企業の法務担当者、中堅企業の経営者や実務担当者向けの一冊』という出版社様の宣伝文句を読んで、「アキバ系の表紙で釣っているだけだろ。どうせ表紙しか見るところがないんじゃないか」というあなたに、著者からこの本に関して重要なお知らせです。

ALL EXPRESS OR IMPLIED CONDITIONS, REPRESENTATIONS AND WARRANTIES, WHETHER ORAL OR WRITEEN, INCLUDING ANY IMPLIED WARRANTY OF MERCHANTABILITY, FITNESS FOR A PARTICULAR PURPOSE OR NON-INFRINGEMENT ARE HEREBY DISCLAIMED.

何、言っている意味が良くわからない?

そういうあなたにこそ、この本はオススメです!

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「番外編 米国留学報告」 その7

当事務所所属の中野清登弁護士から留学報告書が届きました。同弁護士は今年5月に米国ワシントンD.Cのジョージタウン大学ロースクールを無事卒業し、現在は国際的な法律事務所であるCleary Gottlieb Steen & Hamilton LLP (クリアリー・ゴットリーブ・スティーン・アンド・ハミルトン)のワシントンDCオフィスにて、Law Clerkとして勤務しています。
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今年の5月に無事にジョージタウン大学ローセンターを卒業し、この7月末より、Cleary Gottlieb Steen & Hamilton LLP(以下「クリアリー」といいます。)のワシントンDCオフィスにて、Law Clerkとして勤務しています。
 クリアリーは世界の14カ所にオフィスを有し、約1200名の弁護士が所属する大規模な事務所で、DCオフィスには100名ほどの弁護士が所属しています。勤務先を探すための就職活動では非常に苦労しましたが、ご縁に恵まれ、こちらで勤務させていただくことになりました。
 現在、反トラスト法の案件に携わっております。これまでの知識や経験を生かし、業務に励みたいと思います。

(1)オフィス
 
 DCオフィスがあるビルは、DCでも有数の大通りであるペンシルヴェニア通りに面しています。ビジネス街の一角にあり、南隣にはジョージワシントン大学のキャンパスが広がっており、東隣にはIMF本部のビルが建っています。ジョージタウン大学ローセンターの近所に比べて、かなり洗練された雰囲気です。自宅からオフィスまでは自転車で20分ほどの距離で、毎日自転車で通っています。
 オフィス内には事務所専用のカフェテリアがあり、また、ビルの1階にも数多くの飲食店が入居しているため、食事の選択肢は豊富です。また、オフィスビル内には小規模ですがトレーニングジムがあり、無料で使えるため、いつか試してみようと思っています。

(2)IT

 事務所では、各人にノートパソコンが与えられています。各人のデスクにはデスクトップパソコンは設置されておらず、代わりにノートパソコンをデスクトップの代わりとして使うための特殊な機材が設置されています。この機材はノートパソコンと同じような形をしており、この上にノートパソコンをドッキングさせることにより、ノートパソコンに電源とネット環境が供給され、かつ、机上のディスプレイで作業できるようになります。このようにノートパソコンをデスクでそのまま使う場合、例えばソフトウェアのインストールする際にデスクトップとノートの両方にインストールする手間がなくなるなど、非常に効率的で、目から鱗が落ちる思いでした。
 
(3)服装

 月曜から木曜は、スラックスにワイシャツ、ノーネクタイで出勤しています。なお、毎週金曜はジーンズ、ポロシャツ、スニーカーなどといったカジュアルな服装で勤務していいということになっています。勤務開始後の最初の金曜日は、カジュアルになりすぎて周囲の雰囲気から浮いてはいけないと思い、安全策として普通にスーツを着ていきましたが、私以外のほぼ全員がカジュアルウェアを着ており、スーツ姿の私は明らかに浮いてしまっていました。

(4)他の新人弁護士
 
 今後、8月から10月にかけて、同期となる他の外国人Law Clerkや、多数の新卒の米国弁護士が入所してくるそうです。他の新人弁護士が入所するのを心待ちにしています。

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米国巨大法律事務所の破綻

米国のデューイ&ルバフ法律事務所(Dewey & LeBoeuf LLP)が5月28日連邦破産法に基づく破産の申し立てを行いました。負債の金額は現時点では正確には判明しないものの、1億ドルから5億ドルと伝えられています。日本円で数100億円の規模の負債ですから相当巨額の負債です。

同事務所は、2007年の Dewey Ballantineという法律事務所と、LeBoeuf, Lamb, Green & MacRaeといういずれも名門の法律事務所の合併の産物です。一時期は全世界で1450人もの弁護士を擁した巨大法律事務所が何故破綻したのかは興味があるところです。リーマンショック以後の経済不況により、このような巨大法律事務所の収益源である大規模なM&A案件などの取引案件が後退したことが影響していることは事実でしょうが、破綻の原因はどうもそればかりではないようです。

海外のニュースなどで伝えられているところによると、合併の時点で、LeBoeuf, Lamb, Green & MacRae事務所は、保険法や公共企業などを主たる顧客とするむしろ堅実経営の法律事務所のようでした。他方、Dewey Ballantine事務所は、LeBoeuf, Lamb, Green & MacRaeより有名な企業法務の法律事務所でしたが、2007年の合併の時点ですでに経済的苦境にあり、企業年金などの積み立て不足が数10億円規模であったようです。従って、2007年の合併の内情は、LeBoeuf, Lamb, Green & MacRae事務所によるDewey Ballantine事務所の救済合併のようであり、LeBoeuf, Lamb, Green & MacRae側はDewey Ballantineのブランド価値に期待していたようです。

合併を機にデューイ&ルバフ法律事務所は、海外展開や他の法律事務所からの有名なパートナーの引き抜きなど、積極的な経営に打って出ます。同事務所は他の法律事務所からパートナーを引き抜くために多額の給料を保証しましたが、これが裏目に出ました。弁護士の仕事は洋の東西を問わず、水商売であり、ある年に多額の報酬がはいる案件が翌年も続くとは限りません。しかし、同法律事務所は、パートナーを引き抜く際に、過去の実績に基づき、将来も同様の収益を上げられるとの仮定に基づき、多額の給料を数年間にわたって保証しました。結果は、保証した給料に見合った収益が上げられないにもかかわらず、給料保証をしたパートナーに対しては給料の支払いをする一方、そのしわ寄せが既存のパートナー弁護士やアソシエイト弁護士の給料カットというかたちであらわれました。しかし、経済不況や、依頼者側の弁護士報酬に対する引き下げの要求などの影響により、保証した給料を支払い続けることができず、結局、保証した高額な報酬の支払いもできず、これを理由にパートナーの脱退が相次ぐという結果になりました。

デューイ&ルバフ法律事務所は沈みゆく船でしたが、沈む前に船長である事務所の会長や経営会議のメンバーはすべて船を見捨てました。パートナー全員が結束して事務所の苦境を打開するということはどうも期待できなかったようです。これは、パートナーの誰も事務所の負債を個人的に保証していないこと、パートナー契約上、脱退が自由であったこと、依頼者は事務所の依頼者ではなく、パートナー弁護士の依頼者という意識が強く、弁護士の移動に伴い依頼者も容易に移動するという要因もありますが、パートナーの多くが中途参加者であり、事務所のパートナー間に事務所に対する共通の忠誠意識が欠けていたことも大きいと思います。しかし、今後、船を降りたパートナー弁護士も安泰ではありません。既に支払いを受けた給料の返還や、脱退に伴う案件の移動について、破産管財人から詐害行為による損害賠償を求められる可能性が高いからです。

日本も弁護士の数が増えるについて法律事務所のビジネスとしての側面が意識されるようになりました。アメリカでは法律事務所の組織化は日本よりはるかに前に進んでいますが、このような状況を見ると、アメリカでも法律事務所はビジネスとしては未熟なところがあるようです。いずれにしても、組織を構成する人員の信頼関係を意識せずに個人の経済的利益の極大化だけを目指す方向の行先は見えているようです。

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仲裁機関のない仲裁条項は無効?

月刊誌『会社法務A2Z』の「LawLゆいの法務ライフ‐英文契約書編」の第13回では、仲裁条項について取り上げていますが、そこにも若干触れさせていただいた、以前、私が取り扱ったちょっと珍しい事件のことについてお話したいと思います。

この事件は、ある商品について日本の会社とカナダの会社の間で締結された米国をテリトリーとする独占的販売店契約の解除の効力をめぐって争われたものです。契約書には、契約から生じた紛争は日本国大阪で仲裁で解決する旨の条項がありましたが、なぜか仲裁機関の指定がありませんでした。いずれも小さな会社でしたので、仲裁機関の指定がない契約条項は、意識して指定しなかったというより、単に作成者の見逃しと思われます。

このように当事者間では紛争は仲裁で解決するとの合意がありながら、仲裁機関の定めがない場合は、どうなるでしょうか。このような仲裁の合意はそもそも無効で、紛争は通常裁判で解決することになるという考え方もあるでしょうが、日本ではそうはなりません。仲裁法には、このような場合を予想した規定がちゃんと存在します。すなわち、仲裁法17条3項は、「当事者の数が二人であり、仲裁人の数が一人である場合において、(仲裁人の選任手続きに関する)合意がなく、かつ、当事者間に仲裁人の選任についての合意が成立しないときは、一方の当事者の申立てにより、裁判所が仲裁人を選任する。 」と規定しています。

この事件では、この規定に基づき相手方から、仲裁人の選任の申立てがなされました。仲裁人の選任決定の前に、裁判所からは、当事者双方に仲裁人の候補者に関する意見の照会がありました。私の依頼者は仲裁の申立てを受ける側の日本の会社でしたが、仲裁人の候補者に関して私は次のように考えました。

「相手方はカナダの会社であり、どうも日本人から見ると無理筋を言っているので、仲裁人は、日本人の感覚を理解してくれる日本人がいいと思われる。また、本件では準拠法が米国法とされているので、米国法を理解している必要がある。また、東京から仲裁のために大阪に来てもらうと旅費や日当がかかる。これらを考えると、大阪在住の日本人で、米国に留学経験がある方弁護士の方がいいのではないか。」

私は、このような基本的発想に基づき面識のある留学経験のある大阪在住の弁護士数人を候補者として挙げました。

しかし、裁判所は結局、日本に在住しているドイツ人の弁護士を仲裁人として選任しました。

ところで、裁判所は本件で、どのような基準でこの仲裁人を選任したでしょうか。仲裁法第17条第5項には次の定めがあります。

「裁判所は、第二項から前項までの規定による仲裁人の選任に当たっては、次に掲げる事項に配慮しなければならない。
一  当事者の合意により定められた仲裁人の要件
二  選任される者の公正性及び独立性
三  仲裁人の数を一人とする場合又は当事者により選任された二人の仲裁人が選任すべき仲裁人を選任すべき場合にあっては、当事者双方の国籍と異なる国籍を有する者を選任することが適当かどうか。」

このように仲裁法第17条第5項第3号は、当事者双方の国籍と異なる国籍を有する者を選任することが適当かどうか配慮しなければならないと規定していますが、必ずしも当事者双方の国籍と異なる国籍を有する者を選任しなければならないと規定しているわけではありません。

しかし、裁判所は、当事者の一人が日本の会社であることから、日本人の仲裁人は適当ではないと判断したようです。決定の前に裁判所に対して当事者に口頭での意見を述べる機会がありましたが、その場で裁判所は、国際商業会議所(ICC)の仲裁規則第13条第5項に、「単独仲裁人または仲裁廷の長の国籍は、当事者の国籍以外のものでなければならない。但し、適当な状況が存在し、仲裁裁判所が定めた期間内にいずれの当事者も反対しない場合、単独仲裁人または仲裁廷の長をいずれかの当事者が国籍を有する国から選ぶことができる。」という規定があることも指摘していました。

私が考えたように、当事者は、同じ国籍の仲裁人を好む傾向にありますが、これは同じ国籍の当事者に対して有利に取り扱ってくれるのではないかという期待があるからだと思います。実際にそのようになるかは、統計があるわけでもないのでわかりませんが、確かに、このような感情的要素を排除するという点で、当事者と異なる国籍を有する仲裁人を選任するというルールは、第三国での仲裁を選択する場合と同じ考え方で、一定の合理性があるように思われます。

ただ、このようなルールを適用する場合には、日本のように国際的事件の仲裁人候補者の母体が少ない場合には、仲裁人候補者の数が限られてくるという問題がないわけではありません。また、契約の準拠法は、当事者のいずれかの国の準拠法と同じであることがほとんどであるため、当事者と異なる国の仲裁人を選任した場合には、仲裁人にとって常に外国法を適用するということになり、外国法の内容の証明の問題も生じます。当事者と異なる国籍の仲裁人を選任するというルールは、一見合理性があるように見えますが、問題がないわけではありません。

ちなみに、選任された日本在住のドイツ人の弁護士の方は、これまで日本でいくつもの国際的仲裁事件の仲裁人を担当されていたようですが、これは、どうも当事者と国籍の異なる仲裁人を選任するというルールとは無関係ではなさそうです。

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「番外編 米国留学報告」その6

今回は、米国ワシントンD.C.のジョージタウン大学ロースクールに留学中の中野弁護士より留学報告書が届きましたので、ご紹介いたします。
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1 FTC(連邦取引委員会)でのエクスターン

FTC国際部では、引き続き様々な業務に関与させていただいています。関与させていただく案件は、EU競争法の審査手続に関するメモの作成や、また、FTCの職員が書いた論文のcitation check(脚注の確認作業)、日本の企業結合審査制度に関する近年の改正についてのメモの作成など多岐に亘ります。
また、先日、ある企業結合に関する審判手続のoral hearing(口頭陳述)がFTCの本部ビルで開催されたのですが、この手続を傍聴する機会にも恵まれました。この手続では委員らから被審人代理人に対して厳しい質問がいくつも投げかけられ、また、被審人代理人も身振り手振りを交えながら必死に反論しており、その迫力に圧倒されました。
なお、同じくFTCでエクスターンをしているスペイン人やブラジル人のエクスターン生は、競争法に関して自国で数年の経験を積んでおり、彼らとの雑談も各国の制度の違いを知る上で有意義なものとなっています。その上、彼らは人柄も素晴らしく、私は同級生に恵まれているとつくづく感じます。
 
2 ロースクール

 現在受講しているGlobal Competition Lawのクラスでは、国によって競争法の内容が異なる場合があることを前提として、そのような差異があることでどのような不都合が生じうるのか、どの程度の差異であれば許容しうるのか、許容しがたい差異をどのようにして解決すべきかなどについて議論しています。
 また、Corporate Governanceの授業では、適切な企業理念を作成して会社全体にこれを浸透させることの重要性、コーポレートガバナンスの維持におけるAuditorやChief Compliance Officerの役割、法令違反が監督官庁に発見された場合に会社としてどのような対応を取るべきか、などを学んでいます。
 International Bankruptcyでは、南米、アジア、欧州など世界各国の破産法制を、米国の破産法制と比較しながら学習しています。

3 日常生活

 最近のDCの気候は、寒い日が数日続いた後に暖かい日が数日続くという状況で、春の訪れを感じています。なお、DCは桜の名所として知られていますが、今年の桜の見頃は3月末ころだと予想されています。例年の見頃は4月上旬ころだそうですが、今年は例年以上の暖冬で、そのため桜の開花時期が例年よりも早まったとのことです。
ちなみに、DCでは、例年桜が開花する時期にCherry Blossom Festival(桜祭り)というイベントが開催されますが、今年は日本がDCに桜を寄贈してからちょうど100周年に当たるため、桜祭りが例年よりも一層盛大に催されるそうです。私も時間を見つけて桜を見に行く予定で、開花を今から心待ちにしています。

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最高裁判所での弁論 その2(結果報告)

以前このブログでご紹介させていただいた最高裁判所の事件(2012年2月6日投稿分)ですが、大変うれしいことに23日に当方の勝訴判決がありました。

判決の要旨は、「仮差押命令は、当該命令に表示された被保全債権と異なる債権についても、これが上記被保全債権と請求の基礎を同一にするものであれば、その実現を保全する効力を有するものと解するのが相当である。」というものです。判決は、仮差押命令の申立時には被保全債権としなかった債権であっても、被保全債権と「請求の基礎の同一性」があれば、仮差押えの効力が及ぶことを認めましたものです。

この「請求の基礎の同一性」は、一般に民事訴訟法上の訴えの変更(民訴143条)が認められる要件として一般に認められているものですが、この判決は、仮差押命令の効力を画する範囲が同じ要件で判断されることを認めたものです。

なお、詳しい判決内容は、下記のホームページで紹介されています。
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=82018&hanreiKbn=02

なお、この判決は私一人の力で勝ち得たものではありません。最高裁判所の上告理由書及び準備書面の起案については、当事務所のアソシエイトである金澤浩志弁護士及び大平修司弁護士に手伝っていただきました。また、上告審での準備書面の内容については当事務所のオブカウンセルである川口冨男弁護士(元高松高等裁判所長官、最高裁判所調査官を経験)の極めて貴重なご示唆をいただきました。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。

何はともあれ、事件は一審に差し戻しになりました。後半戦も全力を尽くしたいと思います。

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法律意見書による責任(その3)

1月23日の続きです。 

弁護士が何らかの法的な見解を述べる場合に確認すべき事実は、一般論としては、当該状況の下で諸般の事情を考慮して合理的に必要な手段及び範囲の事実確認ということではないかと思います。

依頼者が、弁護士に対する依頼の内容に関連事実の調査自体が含まれる場合には、その事実調査に専門家として合理的な注意を払うのは当然でしょう。M&Aの買収監査や、社内不祥事の調査の依頼を受ける場合は、買収する対象企業に関連するリスクや、人事や刑事処分に関する結論を導く前提となる事実を確定することが期待されています。

弁護士に対する相談では、弁護士が積極的に事実調査作業を行うことは期待しておらず、依頼者の方で調査した事実関係のみに基づいて法的意見を求められるというケースも少なくないと思います。しかし実際には、依頼者が調査した事実が法的判断の形成には十分ではなく、依頼者に対して事実の再調査を依頼しなければならないケースが、多くみられるところです。これは依頼者の事実調査は、法的効果に直接関連する「要件事実」を必ずしも意識したものではないからです。

また、場合によっては、依頼者が確定した「事実」であっても、これをそのまま「真実」として受け入れることは一般的な経験則に反する場合が多々あります。たとえ依頼者が確定した事実であっても、職業的懐疑心をもって、依頼者の前提とする事実認識が本当に正しいものであるかどうかその根拠を確認する役割が期待されていると思います。(「職業的懐疑心」は日本公認会計士協会監査基準報告書第35号「財務諸表の監査における不正への対応」でも強調されています。)

結局、法的判断の前提となる事実について主として事実調査を行う、事実調査に関する補足的なアドバイスを行う、事実調査に関する根拠を問いただすなど、レベルの違いはあっても、弁護士の法的判断の前提となる事実の確定について、一定の役割が期待されており、法的判断にとって重要な事実の確認に一切関知しないという態度を取ることは弁護士の役割を放棄するものではないかと思われます。

他方、依頼者が主として事実調査をした場合のみならず、弁護士が事実調査の役割を行う場合でも、調査の結果の正確性には一定の限度があることは事実です。訴訟の場で、裁判手続きのように利害の対立する当事者が第三者の手中にある証拠まで勘案した結果なされる事実判断と、時間や対象資料が限られるなかで行う事実調査では、自ずと精粗が生じます。弁護士が意見書の前提なる事実が、後に真実と異なることが判明した結果、弁護士の法的見解が妥当しないものであることが判明したとしても、それだけでは直ちに弁護士に職業上の注意義務があったものと認めることはできないと思います。

ところで、弁護士の法律意見は事実関係次第であるため、意見書では前提とする事実を記載したり、調査の対象とした資料を限定し、それ以外の事実が判明した場合には、意見が妥当しない旨の記載をすることも多く見られます。また、前提とする一定の事実の存在について依頼者の確認書を徴求する場合もあります。このNomura Asset Capital v. Cadwalader Wickersham & Taftの事件でも、法律事務所が依頼者から「REMICとして適格である」旨の確認書を取得していたことが法律事務所の依頼者に対する免責事由として十分かどうかが議論されています。次回はこの点について考えて見たいと思います。

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